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私たちは何をしたいのか?

理学部の学生の頃、自分の研究者としての将来像を夢見て、
バカみたいに遠大な研究計画でいつか世の中を変えるのだと、
ホワイトボードの前で何時間も語り合ったものだった。
 
学生だから、知識は准教授たちににかなわないけれど、
斬新なアイディア……という名目の突飛さだけは、若いものほど持っていて、
それを大御所の教授は苦笑したり、面白がったりしてくれたから、
だから、私たちは日ごろから、時間を忘れて議論したり、自分たちの可能性に夢中になれたりした。
 
知識が蓄積され、研究所で仕事を持って、つまりは現実が見えてきて、
自分がやるべき仕事や、自分が出来る事がわかるようになった。
自分のポジションで、学生の頃とは違う、それでもやっぱり壮大な研究計画を思い描くようになった。
 
でも、その研究計画を誰かに話したり、
自分の心の中にある (予算請求には現れない) 謎解きの欲求を
他人と語り合うことはなくなった。
 

 
今年もまた、競争的外部研究資金の応募書類を書いている。
震災の影響で政府に余裕はないから、すでに募集されている研究資金に採択されておかないと、
今後しばらく大きな予算は使えなくなるだろう。
 
①企業系の研究資金に応募。
  ちょっといつものテーマと目先を変えて........と言いつつ、震災とか原発とか、研究がタイムリーな感じになった。
  (って、科研費がこの方向性だったか)
 
②2次補正対応の研究テーマも提案。
  何か出してくださ~い。と、急に募集を掛けられたから、①のテーマなんてどうですか、と
  電話で話したら、あれよあれよと言う間に事務方が書類を準備してくれて、
  思っていた金額の10倍くらいの研究予算提案になった★   ………いいんですか
 
③これも経済産業省系の資金への応募。
  今年の最先端次世代研究でポシャッた奴である。
  総額だと半分具くらいになっちゃうのだが、次世代の募集で、共同研究者として名前を挙げた人達と、
  おたがいが共同研究者になりあって、2テーマ応募する事にした。
 
今日は③の打ち合わせで、5時過ぎからプロジェクターとホワイトボードを囲んでディスカッションを始めた。
午前中は、PTAの集まりで、お抹茶の小学校に呼び出されたから、
研究所にたどりついて、ほんの2時間で、打ち合わせに入ってしまった事になる
 
私の場合はドイツ人の相方を除くと、
    (共同研究者の彼の方は、スイスの元上司を除くと)
世界で唯一と言っていいほど、お互いの研究分野を理解している間柄である。
この部分までを、予算申請のミッションステートメントにしよう、と決めたあとは、
今後5年後、10年後に、この研究テーマをどう発展させていくかという話になる。 半分以上、夢物語だ。
 
で、どちらがきっかけを作ったか分からない。
          何のために研究をしているのか? という話になった。
 
 
有名な研究者の息子で、本人も東大卒の彼は、もともと、
「子供の頃から、立派な事をしたと褒められたい、注目を浴びたい、だった」 と言う。
「私は褒められるの嫌いだったなあ」 と、私は答えた。
        「絵を描いてたからかな。その程度の画力のお前に、私の絵を褒める資格はないと、思ってたよ」
「うあああ、すっげープライド高いガキだったんですね」 と、笑われる。
「うん、今になると、なんて生意気だったんだろうと、我ながら呆れてる」
 
女だから、〇〇教授のお気に入りだから、実力がなくても予算を当てられるのだ、と中傷される悔しさを、
事あるごとに親の七光り故に取り立てられている、とかげ口を叩かれる彼は、容易に理解する。
中傷をかわすテクニックを、笑って話し合えるのも、信用できる相手だからなのだと思う。
 
  ・言い返し、言葉を跳ね返すより、次に(あるいはその場の第3者に)言わせない事の方が重要。
    「〇〇教授はそんな不正はしませんよ! そんな風に思ってるんですか?」 とすりかえる私に対して、
    「ほんとに、ありがたいと思ってます」 と、彼の場合は肯定しちゃうんだそうだ。
    案外使えそう(笑) 今度パクらせていただきます。
 
  ・無意味な敵を作らないこと、つまり、
   (自分の知識が及んでいない可能性がある状態で) 他人の研究を否定しないこと。
    「そうそうそう!」 と、盛り上がった。
 
  ・自分が信じるデータは、相手がだれであっても、納得するまで主張する事。
    それってさ、えらい教授に気に入られる条件の一つだったりするよね。
    食い下がられて、嫌がる教授っていないし。 (嫌がる奴は、自分の研究に自信のない人だよね)
 
そんな話題も交えながら、
研究ってさ、重箱の隅をつつくようなのがあったり、一つだけ極めまくる人がいたり、
それはそれで素晴らしい事なのかもしれないけど、
それを組み合わせて何かを作るときには、最適化が必要だと思わないか? と、言う結論に達した。
 
大きければ大きいほど良いもの、速ければ速いほど良いもの、細かければ細かいほど良いものはあるけど、
どれもこれも、程度問題だ。
突き詰めてサイズも速さも自由に選べるようになって、そのあとで、もっともバランスの良いところを探す。
偏ってしまうと、実用に適したものはできない。
バランスと、最適化、それから、費用や安定性なんていうのも問題になってくるのか。
 
 
世の中もそうだよね~。
飢えた人がいて、メタボの人がいて。
エネルギーを使って、明るい街をつくって。
 
でも、もし、安価でクリーンで、何も悪いとこの内エネルギー源が見つかったとしたら、
人類はもっともっとエネルギーを浪費するようになっていいのだろうか?
 
バランス。 
製造と消費のバランス。
収入と浪費のバランス。
仕事と家庭のバランス。
話題は手が届かないくらい遠くに行ったり、卑小で瑣末的な身近なトラブルに来たり。
 
 
応募書類を書いている途中だから、めちゃくちゃ忙しかったのだけど、
で、きゃあああ、こんな時間(夜の10時でした)! と叫んだのも事実なんだけど
なんか、頭と精神をリフレッシュしたような気分を味わいました。
 
           さて、気を取り直して、書類を書こう。 自分の信じる未来のために。