和との距離感
拾いもの写真があるのと、毒舌含みなので、今年初めての内緒記事に。
扇類は、痛むので、お正月でも元旦くらいしか飾らない。 2日には、また桐箱に戻す。
和装の記事を何度か出しているので、和服や和の文化が好きなのは知られていると思う。
初ボーナスで天目茶碗が欲しいと騒いだので、茶器好きなのも研究所の仲間は知っている。
物心がつかない頃から、中学に入る少し前まで、日本舞踊を習っていた。
(海外滞在中も、大使館関係の日舞の名取の人から稽古をつけてもらっていた。流派は違ったけど)
上の写真から、流派がわかる人がいるだろう。
でも、踊り方を忘れたせいもあるが、あまり、人に話すことはない。
今でも日舞の舞姿は好きだ。
菊尽くし、藤娘、松の緑………舞い方は忘れたが、発表会で踊ったタイトルは、かろうじて記憶がある。
西洋のバレエが体勢や身体ラインの美しさを求めるのに対して、日舞は、衣装の袂の重みが作る襞から、手に持つ藤の花が遠心力でふんわり広がる様まで、
すべて計算されて、その上での舞の形が決められているように思う。
だから、衣装や小道具も大事だ。
そういえば、大学の頃もまで、茶道もやってた。
私の祖母も母も、茶の湯の心得があったし、母親は、詩吟にも凝っていたことがある。
いずれも、和服に縁がある。
和の稽古事は、習い始めの頃は、たいていの先生方もあまり無理強いはしない。
厳しいのは、型の付け方や、作法についてなので、安心して習っていられる。
が……上手くなっていくと、発表会や季節の茶会や、あれこれとイベントが増える。
イベントの度に和服を全員で誂えるとか、
柄あわせをする必要はないものの、特定の呉服店で新調しなさい、とかうるさくなってくる。
大学生、大学院生にもなると、学会とイベントがかぶってしまう事もあり、
出席できないというと、それでも和服だけは作れ、なとど、むちゃくちゃなことを主張し始める。
お年を召したお茶の先生に、「私の顔をつぶす気か」、と言われたこともある。
なんだかなあ……… である。
習い事に、ある程度お金がかかるのはわかる。
30歳になればこういう柄がいい、50になっても着られるから、と、自分の好みでもない柄を、
毎度毎度、師匠面して売りつけられるのはたまらない。
舞扇は、教室を通じて購入すると、偉く高い価格になる。
初釜で使う、扇子や袱紗も、習っている間はお茶の先生を通じて購入させられた。
同じ製品が、店頭に並んでいると、30パーセント以上安いのがわかっていながら。
小売店が、途中で自分の利益をとるのはわかるよ、
でもさ、教室の先生達は、商店じゃない。
生徒が先生に頭上がらないのを利用して、小銭を稼いでいるだけだよね。
奨学金を貰ってる学生には、一回しか使わないから○○さんのを貸してもらいなさい、と言いながら、
私が値段がおかしくないですか? って聞くと、とんでもない勢いで罵られた。
実家の収入を狙って寄生されるような気がして、気持ち悪かったな………
私が、先生と呼ばれるお婆様たちとの付き合いが、うまくなかったせいもあると思うが。
そんなわけで、茶道や日舞の習い事から離れた理由は、あまり楽しいものではない。
最近、○○きものスクール等の、生徒勧誘や契約のトラブルを聞くと、
まだやってんのか、さもありなん、と、冷笑する自分がいる。
和装は好き。
祖母の着物、母の着物を繰り返しきることが出来るから。
古き良き日本の、文化が詰まっているから。
だから、それ以外の事には目をそむけて、舞扇の美しさにだけ、目を向ける事にしよう。
また、来年…………
ちょっと追加しますね。
祖母の友人が、和裁の学校を開いていて、留学生もたくさん来ていました。
留学生やそこの学生が、自分で裁ったものではなく、高価な和服が欲しくなった時は、
大抵の呉服店の着物が、割引価格で購入できたようでした。
売れ残りを売りつけられたり、途中でマージンをとられたりということはありませんでした。
着付け教室に行くきっかけは、親の着物を貰った、亡くなったお婆さんの着物を貰った等、
着物が先にあって、それを自分で着る場合も多いようです。
着物を買わなければ教えてもらえないのでは、
親から受け継いだ和服をみすみす無駄にしてしまいます。
たぶん、そんな事は気にしない、安い着物でも自分の利益につなげたい、
そういう思ってしまう先生や、学校が問題なのではないかと思います。
就職した後に、帯の変わり結びを習いたくて、着物教室に行ったことがありましたが、
進度テスト(所定の結び方が出来ると、資格の証書を貰う)で本校に集まったときに、
次のステップのクラスに進ませようと、24,5,6くらいのお嬢さんを数人の先生方で取り囲んで、
「あんたは黙ってここに丸をつければいいのよ!」 と、脅しつけているのを見て、
不愉快になって、辞めてしまいました。
扇子を売りつけるお茶の先生については、単に彼女ががめついのだと思っていたので、
お稽古業界がこんなに醜悪になってしまっていると認識したのは、その着付け教室の時です。
私を教えてくれてる先生は、おっとりしていて単純に和装の好きな方だったので、残念でした。
文化と美を大切にする、教えることを目的にした先生と、儲かれば何でもいいと思っている先生と、
割合がどの程度なのかはわかりません。
着付けの学校や、呉服店の経営も大切だけれど、購入する人がいなくなったら消えてしまいます。
良いお店、良い先生まで、仕事がなくなってしまいます。
和装の文化を守るためにも、節度をもった経営をして欲しいな、と、思うのです。