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(創作) ホネマデ・キライ

                                (創作です。約2300文字)
ショートショート 「ホネマデ・キライ」


 真夜中に、墓石をずらし、遺骨を盗む―――
 不思議に怖くなかった。望まれたことをやっている確信があったからかもしれない。

 埋葬の日、骨壷から取り上げられた彼女の骨が、古い骨山のどのあたりに置かれたか、注意深く覚えた。
 真新しい彼女の骨と墓の中にあった先人の骨とでは色が違っていたから、簡単に区別がつくと思っていた。が、懐中電灯の明かりの下ではみんな黄色っぽくて、判別が難しかった。形のわかりやすい頭蓋骨と、背骨っぽいものと、その辺りに散っていた新しそうな骨を集めて、布袋に入れた。

 ばあちゃんの骨だ。
 でも、血は繋がっていない。

 母が再婚した男の母親で、家族を嫌い、息子を嫌い、一人暮らしをする変わった人だった。でも、他の血の繋がった孫たちよりも、わたしはかわいがられていたと思う。血が繋がっていないからよかったのだ、と、彼女が亡くなる少し前に聞いた。

 ばあちゃんが21歳で嫁いだのは古い家で、親世代と同居だった。若い彼女は家長である義理の父親に気に入られ、手を出され、そして逃げ切れなかった。家長の妻はそれを知って、彼女をひどく苛めた。彼女の夫はそれを見て見ぬふりだったし、やがて跡取りとなる息子――将来私の母と結婚する男――を産んだ後も、その状況は変わらなかった。だからあの子は夫の種なのか、その父親の種なのかわからないのだ、と、ばあちゃんは笑った。だけど家を飛び出しても、一人じゃ生きていけない時代だったから、我慢するしかなかったのだ、とも言った。

 母が再婚した男はそんな屑の血をひいていたからだろうか、中学に入った頃からわたしを見る目つきが変わった。風呂を覗く、着替えを覗く、不必要に体を撫で回す。容色の衰えはじめた母は夫の目移りなど認め難かったのだろう、「家族なんだから、考えすぎ」と取り合わなかった。むしろ、夫が娘に執着することで離婚されなのいなら、多少のことは娘に我慢させようと思っていたふしもある。男に依存するだけの、駄目な母親だった。

 まあ、そんなことがあって家出した時に、ばあちゃんの嫁ぎ先の話を聞いたわけだが。

 その時にばあちゃんが言ったのは、「自分の身は自分で守りなさい」とか、「一人で生きていけるように手に職をつけなさい」とか、そんなありきたりな事だった。でも、彼女の話を聞いていているうちに、わたしにはまだ逃げるチャンスが残っている、と思った。だからばあちゃんにもらった小遣いで、包丁を買った。料理上手な祖母へのプレゼントだと話したら、デパートの店員はきれいにラッピングしてくれた。

 義父を刺したのは、それから一週間後だ。眠っているところを抱きつかれたので、刺した。

 義父は死ななかったが救急車を呼ぶ騒ぎになったので、なぜ包丁を持って寝ていたのかを含めて警察にぶちまけた。だが、両親そろって性虐待を全面否定した。その辺は、ばあちゃんの時代の人と大して変わらないのだろう。だから義父に対する殺意があったことにして、更生施設に入った。
 更生施設は悪くなかった、学校で教えられる程度の授業は受けられたし、本を読む時間も山ほどあった。一人でいても襲われることはなかったし、普通にしていればいじめを受けることもなかった。だけど、模範的な行動ばかりしていると、早々に出されてしまうから、収容期間が切れそうになると、トラブルを起こした。

 ばあちゃんにだけ、連絡を取った。ばあちゃんの息子を刺したわけだけど彼女は怒らなかった。それどころか一時帰宅の時に「うまく逃げたでしょ」、といったら、少しだけど笑ってくれた。もともと、あまり感情を表さない人だった。


 ばあちゃんが自分の望みを言ったのは、一度だけ。 「夫や家族のいる墓に入りたくない」


 そんな死んだあとの話より、仕事ができるようになって施設を出たら、ばあちゃんと一緒に住みたかった。ばあちゃんが一緒に住んでくれなくても、近くにアパートを借りて、体の弱くなった彼女の面倒をみるつもりだった。
 叶わなかったけど。




 ばあちゃんの骨は葬式のあと、何の躊躇もなく先祖代々の墓に運ばれた。ばあちゃんの息子である義父も墓の話は聞いていたはずなのに、「そんなことを言ってたかな」という程度だった。それより焼き場でその話をしたときに、また色目を使ってきたから、人目を盗んで階段から突き落とした。その後、奴は足を引きずりながら、わたしと目があうとビクッとした。


「骨になっても、かけらになっても、あの人たちとは混ざりたくない」


 わかるよ、ばあちゃん。
 取りこぼしがないよう、ばあちゃんの骨が混じっていそうな墓の骨をゴゾっと集めて、全部袋に入れて運び出し、夜の海に捨てた。




 母とは会っていない。もちろん、その旦那である義父とも会っていない。ばあちゃんの法事を理由に連絡をしてくるけれど、ばあちゃんの骨はそこにはない。

 施設を出て、働きながら専門学校に行って、少しずつ資格を取った。今は臨床検査補助という、白衣を着て試験管を洗ったりならべたり、試薬の番号を書き写したりする仕事をしている。 

 この間、シオカート試薬だかなんだかを使って血漿中のカルシウム濃度を計っていたとき、三回測定の一回だけ、とてつもなく変な値が出た。なんというか、カルシウムが検出できない。その一滴だけ、試薬と混ざるのを拒否してるみたいだった。


 あれ? ばあちゃんの骨に入ってたカルシウムか?


 散骨したとき、波に消えていった骨の粉を思い出した。リン酸カルシウム、炭酸カルシウム、リン酸マグネシウム……焼き場で焼いて残っていたのだから、リン酸カルシウムだろうか。骨の粉が海で魚の体に入って分解されて、人間の体に入って消化されて、血漿に溶け込んで、私の手元に来ることがあるかしら? 原子になっても他人を嫌って。


 ばかばかしい。


 測定した値を、端末に入力する。エラーになった値も、機械的に入力する。
 それでも、反応しなかった血漿のチップが、視野の端に入る。 


 ここで捨てても、いつか手元に戻ってくるかな。 

 人嫌いの骨…… 人嫌いのカルシウム――――




<ライナーノーツ>というよりも<脚注>

フィクションです、フィクションです、フィクションですってば、めんどくさいなあ。
というわけで、フィクションであることが、わかりやすいように、タイトルを入れました。

交流のあるブロガーさんが、お墓参りや、将来の墓地の話題を書かれていたので、
死者の希望はどのくらい反映されるんだろう、と考えながら、遺骨の盗み出しを考えました。
後はその行動を起こすのに十分な理由を探してみただけです。
更生施設に関しては、この何年かのうちに、少年法や更生施設のルールが変わったので、
時代限定がめんどくさくなって、「少年院」ではなく「更生施設」としました。