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読書録 『時は乱れて』

The time is out of Joint. イメージ 2 
     (訳: 時間の接続が外れてしまった)
That ever I was born to set it right! 
    (訳: 私はそれを修復するために(この時代に)生まれたのだ!)
 
                     訳は大嘘です。英文は『ハムレット』の一幕です。


 
昼休み中に書きあがるかな。
未読の友人が読まれると思うので、しばらくネタバレなしで行きますが。
フィリップ・K・ディック ハヤカワ文庫 『時は乱れて』 今朝の電車の中で読了。
 
  「BOOK」データベースによれば、
    この町でその男の名を知らぬものはいなかった。レイグル・ガム。
    新聞の懸賞クイズ“火星人はどこへ?”に、2年間ずっと勝ち続けてきた全国チャンピオンだ。
    だが彼には時折、自分が他人に思えることがあった。ほんとうの自分はいったい誰なのか?
    ある日、同居する弟夫婦の子供が、近所の廃墟からひろってきた一冊の古雑誌が引き金となって、
    彼を驚くべき真実へと誘ってゆく…鬼才ディックの名作、ファン待望の復刊!
 
私は読んだことがありませんでしたが、ディックの初期作品らしいです。
これを書いた時点で、まだ有名SF作家にはなっていなかったはずですが、だからこそ、
ディックの素晴らしさの要素が全部詰まっている かと思います。
 
冒頭から中段までは、ディック特有のクラクラするSF感はありません。
翻訳の妙でもあると思いますが、ほんのちょっと不思議が紛れ込む街の様子が淡々と描かれてます。
かといって中だるみはなく、読者を外さないのは「さすがディック」と思います。
話の急転は後半ですが、いろんな意味で、最後の30ページ位はとても米国人らしい気がします。
 
イメージ 1
世界地図はグリニッジ海図博物館のHPから借りてきました。
National Maritime Museum, Greenwich, London
ここから少しネタバレ。
 
冒頭、1950年代の田舎町で話が始まる。
テレビが十分普及していなかったり、照明が少し違ったり、色々と違和感があるが、
それは余すところなく(丁度いい具合)に説明されているので、時代小説を読むように読んでいけた。
そんな中で、「マリリン・モンロー」が「いる世界」と「いない世界」が並行して走っている、という、
時間のほころびのようなものが出てくる。ここで湧き上がる不安感が、なんとも素敵だ。
 
並行して走るこの小説の「今」は、1998年で、宇宙旅行が可能で、他の星への移民が始まっており、
その反面内戦状態で、食べ物は放射能に汚染されて、と、良い時代ではないようだ。
 
内戦、というキーワードがあるためか、危機管理や、移民に対する考え方など、
ディックは社会派の面もあったのかと思われる生々しい主張がちらちらと出てくる。
やはりディックも一つの時代に生きた人間だったんだなあ、と、少し不思議な(わずかに残念な)気分に陥る。
確かに小説としての格は社会派の含みがあった方が上だろうし、この小説を単体で見る限り、とても面白い。
ただ、ディックのドライなまでにフィクションの世界を期待していると、
ちょっとした主張の生々しさが不純物のように感じられて、ディックらしくない、と思ってしまうのだ。
家族だと思っていたものが、家族ではなく、作られて記憶だった、というくだりもそうだ。
記憶の書き換えはディックお得意の分野だが、
この小説ではその種明かしとともに、主人公たちに足元が崩れるような不安(?)を感じさせている。
うまく言えないが、ある意味彼らはとても現実的で、とてもまともなのだ。
 
最終的な種明かし(?)は、他のディック作品に比べるとそれほど派手ではない。
というわけで、普段あまりSFを読まない人、ディックファンでない人にも受け入れられるような気がする。
 
   冒頭のハムレットの一文は、高橋良平氏の解説のはじめに書かれてあった。
   「めっちゃSFやん。前後がないとわからんなあ」、と、文面を見た第一印象で訳してみた。
   翻訳(山田和子氏)に加えて、この解説もいいなあ、と、思う。 隅から隅まで読んでほしい
  
そうそう、この小説が書かれたのは、1959年だそうだ。
彼らの未来は、すでにわれわれの過去になる。
歩んでこなかった過去が、過去形として書かれているのは、何とも不思議なものである。