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働く女性に関連する雑感・お茶の水女子大でシンポジウム

さて、前の記事の続き
こっちの記事はそれほど長くなる予定ではなく書き始めてるけど、一言でまとめ。

   「組織の意思統一とか、意思決定はどうあるべきだろうか?」


さて、今日はこういうシンポジウムを聞きに行ってきました。
   http://ocha-cosmos.com/cosmos/osirase/osirase081226015325.php
  - - - 日本の女性がノーベル賞を受賞する日 - - -

大臣クラスがこんなに......  さすが意気込みが違うね、お茶の水大学。
配っていただいたお茶大インデックス、これは永久保存版だわっ

 「男の子は、なんとなく大学院生になった子もいるけれど、
  女の子は親の反対を押し切って大学院に来てたりするから、初めから元気さが違う。」
 「基礎研究が必要なのか、応用研究が必要なのか。どっちも必要なんですよ。」
そう言うお話をなさったのは、東京大学の黒田先生。うん、いかにも大学の先生 (^_^) 

 「働く女性の支援のビデオなどで、産・育児中の仕事の補助をしている人の姿はよく見るけれど、、
  なぜ育児補助をしている男性の姿や、家事の補助をしているお手伝いさんの姿が出てこないの?」
なんていう、素直な質問もこの人から出てた。
ちょうど何日か前に研究所で話した話題だったから、誰でも考えることは同じなんだなあ、と、思った。

発表のうまさも手伝っているのだろうけれど、 話は面白いし、
彼女の研究室に女の子が集まるというのもわかる気がする。
(昔から知っていたのに、きちんと話を聞いた記憶がなかったのは、なぜなんだろう.....?)

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さて.........

私の職場は、元国立の研究所なのだが、勤めている人たちは
大学職員をしたことがあったり、企業の研究員だったり、日本人も外国人も、もちろん性別もまちまちである。

前の記事の会話相手もそうだったのだが、なんとな~く、企業出身者と話が合うことが多い。

     ・・・・・・ だって、思考経路が短絡的というか、シンプル (注*) なんだもん。

注* ここで言っている短絡的と言うのは、悪い意味ではない。
  考えるべきこと、解決に必要な情報と条件をすべて加味した上で、
  邪念を入れずに、素直に最短、最良の答えを探す、と言う意味として使ってみた。
  「こんな結論を口にするのは恥ずかしい”気がする”」とか、
  「これを言ったら〇〇さんが困る”かもしれない”」とか、
  「今までの方針と変わるから言ってもいいもん”だろうか”」とか、
  「自分にこれを話す権利 (あるいは義務、それとも義理)があるん”だろうか”」とか、
  「慣例」 とか 「前例」 とか 「面子」 とか、
  そう言うフヨフヨした柔らかいものを考えずに、機械的に答を出すということだ。

こういう短絡的な結論の出し方の良いところは、よほど状況が変わらない限り、
同じ結論に達するというところだ。気が変わる余地がない。
主に企業の命令系統はしっかりしていて、上司に何か命じられたら、部下はそれに従うのが典型なようだが、
それゆえに、企業の人間は部下や組織を要領よく動かす命令の出し方を心得ている気がする。

一方、大学関係者 (自然科学系だけかも) は、パッと思いつきを口にする。
一人の思い付きよりも、何人かで考えた結果の方がよりよくなると思っているからだと思う。
そもそも、自分の発言通りに全員が動いてほしいとは思っていない 
                        (中には、わがままな教授もいると思うがww)。
部下や周りの人間が、発言に対して意見を言って、自分の解釈と判断が追いついてから行動を起こす。

さて、国 (正確には法人化しているから、もと、国) や大学に付属した研究所はどうだろう。
おなじ部署の先輩方の話を聞く限り、昔は大学の意思決定の仕方とあまり変わらかったように見受けられる。
だが、現在は研究所は企業並みとはいかないまでも、単年度は数年度ごとに成果が求められていたりする。
意思の伝達とか、方針決定の素早さ等が求められる部分もある。
よって…… 部下たちにさっさと自分の言うことをきかせたい上司が出てくるわけだ。

ところがところが、思いつき発言をする習慣がそうそうすぐに直るものでもない。
おまけに、研究所というのはバックにいろんな省庁がくっついていたりして、
物事の結論を出すのに考える項目として、前例やら面子やら様子見やらの邪念がありまくり......... orz
  #場は違うが、某首相の「あの時は賛成したが、本心は賛成ではなかった」
  #なんていうのも、その典型だろう。

その結果どうなるか。
どっちにも転びそうな ”気がする”、”だろうか”、”かもしれない” というフヨフヨ要素のせいで、
その時々で結論が変わったりする。
午前中に発令されたことを、午後に ”気が変わって” 修正されたりする。
相談者が一人加わったり、案件が上の段階に進んだ途端に、ひっくり返ったりする。
そう言う状況で、動かなければならない下っ端は辛い。
今やっている仕事が、いつ、全くの無駄になるかわからないのだ。

3回以上同じ依頼 (命令) が来なければ、動かない方がいい、と豪語する人もいる。
怠けているようにも思えるが、実際には無駄が少なく、仕事が早く見えるのが不思議だ。

私が休日を返上して書いている書類、多分明日いっぱいかかるであろう書類も、急な変更によるものだ。
私の職場では人の気が変わるということを計算しないで、作業をスタートした私がバカだったんだろう。 
國井社長のシンプル&ストレートさと、郷学長の理念がまぶしいな ・・・・・・・・・・

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パネルディスカッションが楽しかったので、備忘録。

まずは男子大学院生からの質問 (質問用紙を集めたものから選ばれてた) 
    「女性が男性化しないで仕事をするには、どうしたらいいですか?」
板東局長 
  「トップダウンでしょう。個人では難しいが、マネージャーなら、それを変えていくことができると思う」
國井社長 
  「Old Boys Network のゴルフができない自分は、すごく不利だ。
   一つ一つやっていって、OBNに変わるものを作って行くしかないのではないだろうか?」
黒田教授 
  「どういうことを男性化って言うのだろう? 細やかさがなくなること? 夜遅くまで仕事をすること?
   メリハリをつけるためには、男性と同じに働く時間も必要」

次の質問
  「女性が仕事をやめたり、仕事を変えて夫について行くことが多いように思うが、どうあるべきだと思う?」
黒田先生 
  「女性の方が優秀であればいい、そういうカップルもいっぱいいる」
郷学長  
  「動いてよかった、ということもある。ついてきてくれる男性を選ぶべきじゃないかな?」
  (あるいは、ついてきてくれる男性を選ばなかった自分に責任を持つことだよね)

司会者からの質問
   「日本人女性はノーベル賞をとれるのか?」
上川大臣(鼎談の中で) 
   「日本人女性が、ノーベル賞をXデーも近い」
(以下はのちのパネルディスカッションで)
黒田先生 「ノーベル賞って、仕事をして30年40年してから貰うものだから、該当女性は少ないのではないか。
       サイエンティストとして甘い見込みは話せないけれど、
       政治家や大臣はああやって人を引っ張って行かないといけないのね(笑)」
國井社長 「私の分野(IT関連)のノーベル賞はない(笑)」
板東局長 「すそ野が広がるには、ノーベル賞を取るという希望を持ってほしい」
郷学長  「女性がノーベル賞をもらう、ってことを、考えてなかったのではないか? 
       はるかな願いをちゃんと口にすることも、実現への道だと思う」

最後は楽しげにまとめて、でも、サイエンティストの方たちとして、
歯の浮くような結論でなくて、とてもよかったと思います。
  (良い写真がいっぱいあったのだが、さすがに顔がしっかり出てしまっているので、
   今回は控えます。代わりに、今日はバレンタインデーなので、チョコレート写真をのせました)